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ゆうずう

九月の末に 急にご伴侶に先立たれた方が、

袷の喪服しかご用意がなく

周囲は問題ないといったけれど

だまって鋏をとり、裏地をはずしだす話を読んだことがあります。

かなりのご高齢だったこともあり、いあわせた方たちが手分けして式に間に合わせたと。

そのときは、しきたりを重んずるという印象が強かったのですが、

いまはすこし、受け取り方がかわってきました。

よいとされていてもしたくない。

紋の問題も含めて、矜持もあり、さらには美意識が

暦のしばり以上に そういう選択をとらせたのでしょう。

 

その頑固ともうけとれる姿勢と裏腹に、

袷と単衣との境界は裏地一枚。

和服とは、げに融通のつく衣服なのです。

如月に着るなら、仕立て直せばいいと思うけど。

古人の智慧は・・・・・消化不良哉。

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ばぶるす」カテゴリの記事

コメント

私も袷と絽だけで単の喪服は持っていません。どちらの親も単の季節ではありませんでしたので、無いと慌てる事もありませんでした。いま単の季節でしたら貸衣装にしていたかもしれません。
袷の裏地を外して単にするといっても、全部くけなければいけないので、私はよほど気が動転されていたのかもしれないと感じます。

ああ、たしかにそうですね。


話を端折ってしまってすみません。
たしか画家の奥様だっかで、由緒のあるご実家の紋のついた紋服は貸衣装になかったのだそうです。
お手伝いにかけつけたお弟子さんたちの助力がなければまにあわなかったでしょうね。
手伝われた方は、ご自分の支度まで手が回らなかったそうです。

わたしも袷と絽しか持っておりませんが、都会では、むしろ周囲に気兼ねして着用できなくなっていますよ。


二月末のお祝いの席に、単衣訪問着を着用される方のお話を聞いて、冒頭の話を思い出し、つい引き較べてしまいました。
曖昧な書き方をして、ごめんなさい。

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