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中味

きものであそぼText Book―疑問と悩みをまとめて解決!

たんすのことか、それとも・・・・

 

図書館でまず借り、ぱらぱらとみてすぐ注文しました。(ただし、古本で)

切り口が痛快だったからです。

なかなか、堅気じゃいえない、というか。(日本というこのムラ社会では)

共感したのは、「ルールよりセンスを」 のくだりですね。

教えてクンはいつまでたっても、「ハイ、ソレマ~デ~ヨ」だと。

どうしたら身につくか、という部分をかっ飛ばしてたらそりゃ仕方ない。

ローマは 一日では。

 

手軽にできるところで、

一式着て、写真に撮ってみればと思うんです。

いくら概念を転がしてても、前進はしない。

ところがふしぎや、画像をアップして他人の視線で眺めていると、みえてくるものがあるんですよ。

そこだけ不協和、あるいは、ひとりだけ不協和とさまざまな段階はあれど気がついてくる。

自分だけでは心もとなくても、その道の先達に助言を受けることだってできます。

納得すれば、替えればいい。

そのときには、一歩、階段をあがったことになりませんか。

 

「ルール」を知っていても、なぜうまくいかないか。

先日来のよそさまの記事と、この本を読んでいて、急にそんなことを思いました。

昔の人は、ほんとにちゃんとできたのか。

ルールが機能した背景には、すでにそのルールにのっとってできあがったワードローブがあったのではないか、ということなんです。

嫁入りに持ってきたたんすの中身。

それは、実際に着るときがあろうとなかろうと、場面を想定して前もって準備されてあったものです。

だから、ルールに沿ってキーワードをあてはめていけば、おのずとそのセットがうかびあがる。

以前は、個人の趣味や嗜好では購入しませんでした。

立場やシーンで母親が、もっといえば実家に出入りした呉服屋のセレクトしたアイテムが、姑の監視と同意の下、運用されたということじゃないでしょうか。

そうしてすでに統一され、設計されたワードローブであればこそ

格の上ではあっていても、質でつりあわない、とか

色や画調のトーンがバラバラ、などという悲劇に遭遇せずにすんだのでは。

かつ、さらにまちがいがないようにと、

センスアップのための情操教育が やんごとない層ほど幼少から、かつホンモノをほどこされたのですね。

 

そういうふうに考えてくると、紋付がすたれたというのにも別の側面が見えてきます。

かつては、女性は表に立てないものでした。

弔問に行っても、夫の名を書き、小さく「代」と書き添える。

あくまでみがわり、代人です。

選挙権だってなければ、相続もできなかった。

学校だってそうです。

いまでこそ、父母会になりましたが、かつては父兄会。

こども心に、ナゼハハガナイ? と思った記憶はないでしょうか。

母の立場でなく、その家のものであることが重要だったんですね。

 

話がそれました。

「お支度」をしなくなる人口は、この先減ることはあっても増えることはないと思います。

もはや、戻れない。

流動的な時代のセンスをどうやって獲得していくか、ですね。

 

恥をかかないと、会得できないことがあるんですよ。(ぼつり)

 

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コメント

自分ではいまいちと思っていたり、
眼中にも無い物を教えてもらったり
すると、へぇーそういう見方もあるんだと
新しい発見があったり、自分のタンスの
中身を他人様の方がよく知っていたり、
面白いものですね。

最近は本当にお支度見ませんね。
新居にはクローゼットがあるからタンスも
いらないって聞きます。
着物?着られないからいらないって、鶴の
一声ですって・・・寂しいですね。

そうですね〜、煮詰まってる時に、ヒントをいただいたりすると、助かります♪ 始めからコーデするのはちょっと…でも、ある程度見せていただけば感想を言えますもの。

そちらでもそうですか。
雇用不安や住宅事情に加えて生活様式も考え方も変わっていくのでしょうね。
家具屋さんも呉服屋さんも減ってますね。

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