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2008年9月

鈴鹿の山に

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ぽんぽこりんのたぬきさん。

鈴ぶらさげて、ドラえもんになるはずでしたが。

 

紐をつけていただきに 奈良まででかけた帯留は

ものすごぉーく 

自己主張の烈しい郎女になって帰ってまいりました。

 

汗馬ったって、綱をつけりゃおとなしくなろうというもの。

逆に、拵(こしら)えにおさまった刀よろしく 

「まあ。わたくしを、そちらに提げるおつもりですの」

すずしい顔で  にべもない。 

はいはい、そうでしょうとも。

おめざになった主に盾つくわけもなく、

みつくろっておうかがいを。

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草叢に燃えたつもみじ、

落ちる入り陽。

韓紅に くくれば叉焼(ウソ!)  

 

うぅぅん。

紐が、開眼になるとは思いませんでしたなぁ。

 

いや、、、、腕でしょうねぇ。

 

念のため。

この帯締めは、気軽にとけこむように、と

カジュアルな組み合わせを念頭においてお願いしました。

ところが。

帯留というのは、単品ではまだ完体ではないのですね。

仕上げられて帰ってきた帯留は、たぶんその、

本来のすがたになれたんだと思います。

アイディンティティーといったらいいか。

なので、帯もきものも、帯留に撰ばれてしまうんでしょうね。

知らずにいて、申しわけなかったなぁと。

すこしいい箱に入れてあげようと思います。

 

三分紐が組みあがりました

ようやく気持が落ち着いて

綾竹台で組む準備を

いろいろ試し組みを・・・

桜花には

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かほりがない。

缺点ともいえるそのことが なおさら夢中にさせるのだろうか。

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蕊の色でもまにあうようだけれど。

ちょおっとシブすぎましょうか。

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この紫が、たまたま帯揚げとも同じです。

若い人の紫は、きっと決まっているのでしょうね。

朧月夜に・・・

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仕立て上がって、振袖が帰ってきた。

じぶんの時には、そんなに執着などなかったのに。

出来合いをはおって、映りを見たわけでない。

長い時間の、そのときそのときで、

求めたり決めたりして、ようやくさだまった成り立ちだ。

白生地を抱えているときは、この先どうなるのか、

染めたら染めたで、色がやけないか、しみが出ないか。

どだい、幼児の選んだ色が、はたちの娘に似合うのか。

筋金入りの変わり者だけあって、(いや、三つ子の魂というべきか) 色の好みにかわりがないのはさすがというか、進歩がないのか。

見立ては、鷺娘。

黒地の帯を探して探して。

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中振(袖)しか着たことのないわたしには、大振袖はびっくりするくらい長く

さらに、比翼に仕立てた重みは、ハンパなく、

成人式というよりは花嫁御寮・・・・・・?

ちょいと着せかけるさえ、手にあまる。。。

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朧月夜にしくものぞなき。

ああ、なんとか似合いそうだ。

夕暮れで、うまく色がでていませんが・・・・

きらわれっこ

Img_7930b1_2 これをかけておくと、

必ずからかわれる。

股旅とか。剣劇とか。

もひとつおまけに、似合うと思う?とまで。Img_7930b_3

いったんは根負けして、手放そうと思ったけど

ふっと 半衿を藤色にかえて、帯をあまくしてみた。

Img_7968b_2 どうかな。

そんなにあわなくもないんじゃない?

ざらざらにたってるしぼは、慣れれば意外とわるくなく

裄があえば、きっとなかよくなれそうだよ。

ふん。

おとーさんなんか、

アッカンベー!

柿茶

Img_7949b_2

仕立てにだした店から 八掛を決めかねているので見にきてくださいと電話があった。

すでに見本で依頼したのに、といぶかしく思いながらも きらいなことではなし、それになにより、八掛の色・風合いがけっこう気になる性質なので、仕事帰りに立ち寄ってみた。

指定した見本の色にちかいのを、という注文をかけたらしい。

すこしずつニュアンスのちがう三つの紅が取り寄せてあった。

一目でこれ、とは思ったけれど、それはそこ、どんでん返しもあるやもしれぬ。

「これもいいかと、」

と勧められたのが、画像のべんがらというか、柿茶というか。

とりあわせとしては わるくない。

すこしひねりがあって面白いかも。

けれど、八掛は、肌の色と相談しなくちゃ。

この赤土がかったいろは、苦手なんだよな。

結局、はじめの小豆色に決めて、一応写真も撮ったのだけど

フラッシュ焚かない近接で、ぼけぼけに流れてしまった。

ま、もどってくれば、ゆっくり見られますものね。

牛に牽かれて

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べつにいけないと思わないのだけど、なんとなく もうゆかたの気分でない。

日本人て、折々の光りへのうつりで、身にまとうものを決めてきたんだろうなぁ。

この時期にはこれ、というのは本来、きめごとではなくて

すはだに感じた季節へのレスポンスだったのだと思う。

いま 和服というのものが、生き残る条件の厳しさは、

たとえばメンテや商業主義、そういう実務的な面とべつに

四季のうつろいへの感受性の鈍磨。

それは、一年が平坦になりつつある生活の裏返しでもあるわけなのだけれど。

とまれ、単衣に袖を通してみようと 襦袢を探したのだけど、みあたらない。

しかたがないので、たんすをあけて、いりまじったたとうを整理する。

ついでに、例の、「ごまかすべからず」の始末基準にのっとって仕分けを始める。

半日かかって ワードローブの骨格が見えはじめ、まずは許容値以内の量と判って、ほっとした。

ところが、くだんの襦袢は出てこない。

心当たりを全部さがして、いったい、いずこに消えたのか。

さいごに、乱れ箱を覆ったきれをのけたら・・・・・

そこに、ちゃあんと待っていたのだ。

あーあ・・・・・・ま、そういう道順だったということで。

あってもよいもの

わるいくせで、ほんとに気に入ったものはつかえないで

つい、二番手、三番手ばかりということが多い。

だいじにしまいこんで、いつか似合う時期が過ぎ

気がついたら とうに古ぼけて使わずじまいということも。

・・・・・・・・・・

なんっにもならないじゃない。

ものは 使わなければ使いこなせないというのが持論

だから家の食器に客用はない。

ふだんから見知って、本質をつかんでないと

いざというときに動けないし、

どの程度のふところかによって ありきたりでない場も生れる。

他ではわかってるのにね。

考えてみると、そのために、ずいぶんと捨てた。

だめなものではない。

あいまいなものを、切りすてた。

わるくはないのだけれど、すきになりきれないものを。

ことばでも、同じ。

石でも、ね。

さて、と。

ほかではできたことが、ここではできてないというのは、

つまりは真剣勝負をしてないということだよね。

いいのだけれど、必要ない。

あってもいいもの、というのはほんとうは

やさしくて、じぶんをだめにする、エレメント。

ドラえもん?

Obidome

先月のことです。

ふと、帯留をしてみようかと思い立ちました。

どうせ着付けをしていただくのなら、ふだんできないこともやってみたい、

とまあ、いささか不純な動機でしたが。

Obidome2_2

ところが、帯留こそ持っていたものの、紐がありません。

どれに、という抜本的なことがまだだったのですからあたりまえですが。

おまけに、紐の幅もなにやらややこしそうです。

Obidome3

いただいた更紗の帯を、どうあわせようと悩んでいましたが、

ひょんなことから黒の大島を仕立てることになり、これならいけそう。

本来なら、帯留をたててあっさりと、とは承知ですが、

あまりにも大きなすずで気恥ずかしい。

まずは、こんなところで試してみたいと思うのですが。

・・・おかしいでしょうかしらん。

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