« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

2008年3月

が・た・が・た・・・デス

初校の、おてつだいがすみました。

か、身体じゅうが、キシキシいっております。。。

でも、これで一山越えた気がする。

 

もとはといえば、かるい気持で手をつけたことです。

いいかげんな気持ち、というのではなかったけど

どういうことか、わかっていなかったのです。

いまにして思えば。

 

そうですね、つまりおきゃくさん、というより

パートさんのようなつもりだったというか。

いってみれば、音訳でよし、というスタンスだったのです。

なぜ そういうことを始める気になったか、については

やはり いくつかの理由はあったのですけれどね。

気が短いですから、さっさと作業は開始しました。

そのころは、まだ「すゞはらひ」の視点もきちんと定まっていず、

想定した基準は、異なった位置にありました。

わたしのなかで、まだ欲目があったころ、ですね。

演劇や、音楽畑からの評をも、クリアしたいという。

なぜ、表現しなければいけないのかという根幹にふれる

デリケートな部分への抵触でした。

ざっくりいえば、コンクール病にも似たもの。

人の目を気にして、

それはわるいことではないのだけれど

小手先をいじって、いちばんだいじなものを見喪わせてしまうことが

あるのですよ、往々にして。

それは、「夜の葦」のころから始まりました。

が、いってみれば、正面切って、取り組む気になったともいえます。

「おけさ」が終り、「毛虫」のころまでは、

わざとらしい舞台の後遺症が残ってしまいました。

 

そして、十月。

ある意味、言葉をたがえられたということは、

よかったのかもしれません。

むしろ 約にしばられて、出発が遅れていたかも。

が。

裏切られた思いがけなさよりも

そこに露呈したものをみることのほうが、つらかった。

でも、ひょっとしたら

それを超える大きな力の動きのためだとしたら

きのどくだったかとも思うのです。

星は、動きはじめていたのでしょう。

 

さて。

かるい気持で始めたという出発点はともかくとして

いまは それは必然でもあったと思っています。

が それを必然たらしめ、逆に足をひっぱらないようにするためには

クリアすべきことが山積していました。

それは、結論から言ってしまえば

理解度の問題であったと感じています。

いまにして思えば、ですけれど。

そして、ひとつ ゆるがせにできない問題がありました。

「作品と声質が合ってない」

それは 現実問題としての乖離でありながら

ひとつには 主体の問題でもあったかもしれません。

これは、著者との距離、そして信頼関係にも関わってきます。

そばにいたからって

何年すごしたからって、

そんなことは 関係ないんです。

相手をみとめるということは、

相手の位置を知ることであり、

さらには 無防備な場所を内在させることでもある。

わたしは 

まさか そのひとのリズムが、じぶんのものと相容れないなどと

かつて 想像したことすらありませんでした。

すったもんだの末

一緒にスタジオ(といっても、防音があるだけですが)にはいることになりました。

 

結婚して最高の瞬間はいつだった、ともし尋ねられたら

まよわず この時間だったと答えます。

こんなことが可能だとは思わなかった。

 

ひとつの過程をへて

ようやく 次の過程が見えてくる。

まさに 手さぐり状態で、既定がくつがえり

濯(あら)われて、かたちをとる。

そんなふうにして、はじめはできないとした括りがはずれ

己の輪郭がさだまる。

転機としては、

「これは、あなたのワークだ」

と許容されたことが 何よりも大きい。

おきゃくさんではなくなって、主体として入っていけたから。

そして、文化とはひとり占めするものでなく

他者との相関作用によって、より高められていくものであり

その位置と階層は相対、

常に、恒におうかがいをたてねばならないのは やはり不自由なことと思う。

 

初校のお手伝いがすんだ。

はっきりいって、編者は相当に、頑固だ。

日常で、口にする前に呑みこむことなんて ごまんどころか。

言われなければ、タッチするとは正直、思っていなかった。

 

一読しただけでは、入ってこないことは、あるものだ。

回数がすくない場合もある。

時間の経過が必要なこともある。

経験値の不足、とわたしはひそかに呼んでいるが・・・

あたりまえのことだけれど、そう、

バックの差というのは、

ジグソーパズルの、1割も積んでいない、そんな情況か。

要求されたこととは、ちがうことを言い出して、

もちろん、きげんをそこねたけれど

ここまできて、やはり気になる、こちらの思いも伝わったらしく、

心を開いてくれた。

それは、夏からこっち、共同作業のたまものであろう。

 

学生時代を思い出す。

あのとき、わざわざ違う立場を択んだのは

随うのではなく、補うという位置でありたかったから。

 

すきで、というには (それは、任意で、ということだが)

かなり 隔たりがある。

持ちこたえているだけでぎりぎり、というのが本音かもしれない。

係わっていることを考えれば、

不調もあたりまえと思えてくる。

けれど、その重みの

すこしずつ かわり始めている感触は

おそらく 

黙認へと変容していく 応じではないかと

思う。

 

手さぐり

「記憶を継ぐ」へ

« 2008年2月 | トップページ | 2008年4月 »

Calendar

Solo

  • Mushi-Biyori
    (C) 2005-15 Mushi-Biyori All rights Reserved.
  • Pass

Recommend

無料ブログはココログ