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気に副う

Img_4954

橋のようにも みえる。

場処と場処を むすぶ 橋。

 

「これ、買います」

と言ったとき、やまいちのご主人は、

「ながいこと、着れるわ」

とつぶやいて、伝票を切られた。

買い手も、売り手も、いまではない

このずうっとさきに

澪標(みおつくし)のように これが待っている

そんな了解を 暗黙のうちにしたのかもしれない。

Img_4953

「七十になっても締められる」はずだったが、

意外と出番は早くにきて、むしろ若さを抑えるような締め方をした。

時代はかわり、あわせ方もまたかわりつつあった。

 

取り合わせにこまって、安直に白地の帯をあてるのは好きではない。

一筋縄ではいかない同士の

どうして、という思いがけなさでありつつ

納得のゆく そんな呼吸であわせられたらと思う。

けれど

だからといって、この帯がいらなくなったのではなく

オールマイティなのに でてこない贅沢といったらいいか。

 

橋は なにをつなげるのか。

あるようにみえて つながらないもの。

つながっていて みえない縁。

 

橋は 

その気になれば

わたれるもの。

 

つもりが あれば。

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まい こーで 冬」カテゴリの記事

コメント

川にかかる太鼓橋とも水面にうつる橋とも
みえるやさしげな素敵な帯ですね。

橋は異界への入り口でもあるそうな。
別の時代、別の場面、別の時間…、
そうやって、帯はじっと
待っていてくれるのでしょう。
本来自由なのは、帯なのですね、きっと。

陽花さま

ほんとは扇面なんでしょうけどね(笑)

この帯見たとき、ほかに買うものがあったのですけど、これはべつ、と取りよけました。
いつも「それは地味」と反対するご店主も、いいたいけどだまってる、というふうでした。
みたときに、「はなさない!」というデンパがつたわったのかもしれません。

源氏の「まぼろし」、
さもなければ「夢の浮橋」を思いうかべます。


とんぼさま

むかし、こういうおもちゃありましたよねぇ。
玉がころがってって、下ので受けて、その重みでまた傾いて、あっ、わたし、何を言ってるんだ?

でも、「とぶ」のは同じ。

そばにあるのは、鎖してはいないしるし。
橋を 蹴倒してはいない証。


たかが 着るものなのに、ねぇ。

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