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2007年9月

鬱金

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今回で三度目になる 手ぐみひも陽花さまでのオーダー。

イメージしたのは、鬱金、または麹塵。

要するに、きいろにするか、みどりにするかだったのですが。

手持ちのものは、どちらかというとやさしくとけこむような顔ぶれなので、

まずはきゅっとしめる、つまりアクセントであり、はなやかさを添える色ということで

鬱金に近いと思われる、草木染のなかの一色を選びました。

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糸が着いたところも、組目も、できあがりも 

ずっとブログで見せていただいていたはずなのに

箱を開けたとたん、思わず

「どまんなか!」と思ってしまいました。

そう、直球ストレート、ストライクゾーンのど真ん中です。

渋めに見えた組目の、えもいえず

みのりの豊饒をたたえた華やぎ。

よくばりのわたしは、いつも

この帯とこの帯にもしめられるといいな、と思うわけですが。

こちらの、絽にもぴったり。

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濃紫のひとえも、そつなく。

仕立てに出した黒の塩瀬とも、なかよくできると思います。

 

この組目には、綱代から思いうかぶ すなどりのイメージが重なります。

折りしも、先月来待っていた二つの案件のお返事をいただくことができました。

幸運を呼ぶ 帯締めかもしれません♪

 

「和楽亭」関連記事

糸が届きました・・・

綱代組くみあがりました・・・

はらりと

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朝。

落ちていたセロファンをなにげなくひろって

分別のため 中に折りたたんだ紙をひろげた夫。

「はっ!」

気づいたときは、遅し。

あ~~~!!!

のぞきこんだ わたしの眼にも

くっきり読み取れる 五桁の数字。

ちゃー、よりによって。

 

出がけのおことばは、

「むだづかひしないやうに」

あぁん、いつもぢゃないんだよう。

あのこが ほしい

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帯締めと帯がきまったので、帯揚げを注文した。

ネットの画像で決めたのだけど、運よく同系統のものにあたった。

それをみて ふと 新入りの単に 

ずっと無聊をかこっていた 塩瀬の紫陽花を

あわせてみる気になった。

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あら。

娘が、きれいないろだね~という。

こないだまでは、ただの頭痛のタネだったのよ。

単品だけでは、どうにもならない

組み合わせで 活きる個性。

人間だって、おんなじかもしれないね。

あなたがいて 生きられる。

あなたのために わたしがいて。

であいが 標(しるべ)となることを。    

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あのこが ほしい

あのこじゃ わからん

このこが ほしい

このこじゃ わからん

そうだんしよう そうしよう

 

まとめるのは 

ただ ひとすじの 彩(いろ)。

ゆうやけ

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なんだか 「おかえり」と いってやりたくなるような。

  

仕立てに出していた 九寸がもどってきた。

柿の実、夕焼け、赤ちょうちん

あかねいろに染まって

わんぱく坊主は どこまで遠征したのかな。

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でも。

どうして 手まりなのだろう。

まさか 蹴球でもあるまいに。

よもや どこかのお嬢から 

とりあげてきたんではあるまいねぇ。

(謝りにいくのは、ごめんだよ!)

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切れ長のまなざしに なんとなし 胸きゅんと。

 

帯締めは、手ぐみひも陽花さまでのオーダー

この帯ともう一本、羅の帯に合わせたいという

めんどうなお願いを、みごとクリアしてくださいました。

当初考えていたものだけでなく、幅広く使えて、

たいへん重宝しそうです。

 

関連記事 ~すずのしらべ~

手さぐり

すでに始動しているプロジェクトなのだが。

考えていたよりも、相当に手ごわい。

最初は、淡々と、ぐらいしか想定していなかったキーポイントは、

耳でたしかめるうちに、つぎつぎとハードルを発見していく。

長文としてききとりやすいテンポ。

耳ざわりでない声質。

考えているのは、目で読んでいるのと変わりない

違和感のなさと、しかも 無表情ではないこと。

さらに、日本語としての品位。

ただたんに音声化したからといって、講義と同じように

聞きながら意識がとんでしまうのでは意味がない。

かといって、~調、~節とかいうようなものは願い下げだ。

さらにいってしまえば、やることに意義ありとする安直な意識もね。

だれに向かっていっているわけでもない。

ひたすら自己へ課していく負荷であり

表現者としての限界を問う 立案者からの切り分けだ。

ドキュメンタリーでもなく

文学でもない。

しかし、わたしはこのことばの伝えられた 

背後の沈黙を

感じとれる気がする。

 

沈黙は無ではなく

不在は無ではない。

 

ならば きっと

うつしとることができると。

秋草

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たまに 

ある色や柄、特定のデザインにあうと

思考停止をしてしまうことがある。

いまなら、それは鈴柄や百合文だし

わかいころは、サーモン・ピンクのいろだった。

この色を想いうかべるとき、

フランスの詩人ゴーチェの「茶薔薇(ローズ・テ)」

葩(はなびら)なかば閉ぢた莟(つぼみ)を

ほのかに染める薄紅のいろ。     (斎藤磯雄訳)

とか、

上田敏の「牧羊神」 レミ・ドゥ・グルモンの「薔薇連祷」のなかの

肉色の薔薇の花

とか

太宰の「斜陽」で、ヒロインが淡い牡丹色のぼやけたような毛糸であみものをするくだり、

けれども、編んでゐるうちに、私は、この淡い牡丹色の毛糸と、灰色の雨空と、一つに溶け合つて、なんとも言へないくらゐ柔かくてマイルドな色調を作り出してゐることに気がついた。

を 思い出す。

かくべつ サーモン・ピンクに言及してあるわけではないけれど。

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さて ここまでくると

三十年前 なぜこの帯に飛びついたのかが解ける。

そして、なぜまだ一度も締めていないかもね。

きもののありがたいことは、

これくらいの待ち時間など、どってことないということか。

帯が先行って 待っててくれる。

どうやら そういうお約束らしい。

京と江戸と

そのどちらさえ、判じかねていた。

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振袖の地色は、藤紫。

これと思いきめたいろに出あったうれしさに飛び立ったけど

ほんにほんに これは

気むつかしい色だった。

それ以来

歳と中味にふつりあいは

ままにはならないことが、骨身にしみて

ずっと 手を出しかねた。

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藤色の銀無地つけさげを手に入れた

こころの充ちたりもあったかもしれない。

あとはずっと 洋装のモノトーンで 日をすごし

それはただ 立場を視覚で表現するためで

ふるいつきたい色とてなく

それにつれ 紫への思いもずっと 遠のいた。

そのまま

かえってくることなどなかったはずが。

足元ににじり寄ってくる上げ潮のように

それは まず朱の色、くれないのいろであなうらをなめ

ぽっかりあいた年月を 強引に引き寄せる。

気がついてみれば

カットソーのいろさえも 択ぶこのみはかわっていて。

一年間の試行錯誤のすえ だんだんに絞れてきたのは

桔梗ではなく 葡萄のいろ。

ようやくにして ふりむいてくれたこのいろの

つきあってやってもよいよ との気配が

そっと 感じられるような 

そんな気がして。

うらはら に

たとえば、紬をさらりときめて、

めだたず、へこまず、分相応にと 計算したに

なんたることか

その素朴さが 持ち味でない、と悟ったショック。

柄行が気になるものは、 なぜかお召。

お召がわるいわけじゃなく、たんに自分となじまない。

どこで、ボタンをかけちがうのだろう。

ありたい自分と、在るじぶん。

けれど、

身分もよぶんも ちょいとわきおいて

<あるべき>自分でない じぶん。

切り出すはじめに はじかれていた

意識にすらない 迷子ちゃん を

探しに出かけてみましょうか。

もう 若くないなら いまのうち。

もう 若くないから 遠慮なく。

生き方は まだ すぼめきらず。

さくら、あえか

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季節はずれだけれども

来年着ようと思えば そろそろ準備を始めなければ。

学校行事に 着物なんて着なかったな。

日に日に おなかが大きくなって、前もあわなくなり 

肩にかけて いつまた着られるだろうと

かがみ見た日もあったのに。

あっというまの三十年。

きもの まとうどころでなかった年月。

さくらという花は どのようにしてみても

ほんものに負ける。

それでいて 思いきれない。

娘は さくらに縁の神の御名、

振袖は 山桜の日向紋、帯も アブストラクトな大さくら。

ならばわたしにも 一枚なりと。

この帯をみつけたときは 電撃で、

「何に、締めるんですかぁ!」

諌めの言葉も聞かばこそ。

来春。

母校のさくらと 晴れ姿をみまもりに着てみんと

ひそかに 支度を始めている。

薔薇 一凛

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初めて買った反物はこれ。

紋意匠の地紋起し、抽象的な薔薇の花を手描きで描いたもの。

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反物のまま、なんど拡げてみたろう。

のびやかな花のすがた、

まだ着物をつくるということを知らない娘が

仕立て代を貯めて、ようやく仕上がってきたとき

ゆめは消えて、現実となった。

いまならば 柄あわせのたしかさを見てとれる。

けれど、そのときは

何年もかけて 無限にひろがったイマージュが

かちりと 帰結した音を 聞いたのだった。

着こなしのむずかしさに悲鳴をあげたこのきものも

いまは 娘のための引き出しにしまってある。

気難しいこの衣装が

まだ 色香というものさえ知らない子を

どんなにいろどってくれるのだろう。

そして、外から挿す あかがいらなくなり

昔 あこがれたいろをまとえることに

さびしさとも とまどいともつかぬものを

ふと 感じている。

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