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2007年7月

すずのしらべ

Dscn1913_2

お願いしていた帯締めとすずの提げひもが届きました。

画像で拝見していたのより、ずっとずっとすてきでした。

馬鈴クン、こんな老後が待っていたなんて、

思いもしなかったろうねぇ。

もうじき、絹のおふくろさんも、駆けつけてくるからね。

もうひとはたらき、たのみますよ。

Dscn1908

こちらが、帯締め。

しなやかさと、精緻さと。

画面では、グレーにしか見えませんが、

ほんのりと草味をおびた、なんといったらいいか・・・

無理を承知でたとえれば、由縁のあるいろ、とでも。

想いを、ひそやかにたたえた姿なのです。

この組み方を選んでくださった陽花さま。

ほんとうに、センスのある方だと思います。

そして、お身内のご事情をおくびにも出さず、

根をつめ、心を傾けて、組んでくださいました。

こんな方にめぐりあえたわたしは、

ほんとうに、ほんとうにしあわせものです。

【和楽亭さまのブログ記事】

オーダーいただいた糸が・・・

高台で組み始めました

高畦組半分強ぐらいまで・・・

組めましたよ!

馬鈴につける紐も・・・

最終◎兵器

さる場所での、なにげないコメントが

すっぱりと 

最大の懸案事項をあぶりだしてみせた。

というのは、大袈裟だけど、つまりは

「取り付け!」

という、天の啓示であったと、わが身を振り返る。

情況は、さほどにせっぱつまっていた。

なんで、聴き取れないのかなぁ・・・

というのが、前々回、ピアノを合わせたときの実感であった。

ピアノで奏でられている、調の移り。

平均律なんだけど、そこにこめられている

ほんとうは、こうあるべきという音のながれが、聞こえない。

娘が、そこは半分の1/4、ずれてる。

音をさぐってて、キモチワルイ。

ここの終音と、次の出だしが同じでない。

いちいち、指摘してくれても、ドロヌマに陥るだけ。

歌ってもらっても、聞き取れないなら。

そこで、閃いたのだ。

「ヴァイオリンで、弾いて!」

たまたま早帰りした妹の方をつかまえて、

メロディーをさらってもらった。

録音した音をすぐ聴き返し、録りなおすこと数回。

「こんなもんかな」という音源をくりかえし、聴いてみた。

うん、聞こえてくるよ。

気持ちいい、という音のあるべき方向。

あんたの、古いくせ、まで聞き取れる。

そして、アカペラでとって、きいてみて、驚愕した。

ぜんっぜん!

べつものじゃん。

ミの音の半分で、ファにすべってる。なんでや!?

そりゃー、柳沼さんの眉のあたり、暗雲がたちこめていたのもむべなるかな。

一小節ずつ。

やり直しです。

いや。

はじめて、取り付いたというべきだろう。

例によってドロナワの対応ではあったが、その晩

柳沼さんはすこぅし、愁眉をひらいて、その先のことを指導してくださった。

そう。ここまで来なきゃ教えられん、ということは、どこにだってあるさね。

ふしぎなもので、かすれて、どうしても発声できなかった高音が、

ちょっとずつ、かすれが取れてくるような気がする。

心を入れ替えて、まじめにやれば、

しょっぱなでお客さんが席を立つという最悪の事態は免れるかもしれん。

そう。

この期に及んで、逃げたかったんだよね。

娘に、歌だけ、吹き替えしてとお伺いをたてたのに、

「塾」

けんもほろろの返答であった。

そして、彼女はこうも言ったのだ。

「かあさんは、いつだって、自分で対処できないことに手を出すな、といってる。

手を出したからには、自分でナントカしなさい。

ひとを、頼るな」

はい。その通りです。

でも、娘はヴァイオリンを弾いて音をとってくれ、

歌っている音の狂いが 許容範囲かどうかにも耳を傾けてくれた。

それで、いい。

人は、自分の足でしか、歩いていけないのだから。

昔、できたことがいまできない。

それを、みとめるのは苦しい。

あるべきはずの回廊を、むなしく思い描くより

いま 積める石を積んでみるより、しようがなかろう。

必要でないと思っていた

合唱の記憶。

「おけさ恋うた」のおしらせ

Okesa3005_2 「おけさ恋うた」ご紹介 のスポット放送を作りました。

物語への扉です。

どうぞ、クリックしてお聞きになってくださいませ。

尚、音声部分テキストの著作権は、原作者 西岡寿美子様に、また曲の著作権は、作曲者 柳沼和子さんに帰属しています。

「1.mp3」をダウンロード

「音楽と詩のソナタおけさ恋うた」バナー

怒られちった

ここのところ、気が気じゃないという周囲から、

せっせとハッパをかけられる。

「ちゃんと、練習してるのかい?」

してないわけじゃないけど。

なんでかね~と、たいへんに不思議であった。

そりゃね、「あとxx日」と表示をみて、十の桁の数字が変われば、

それなりにおなかで感じるものもあるけど。

なんで、みんな、そんなにあせってるんだよぉ。

ゆうべ、洗濯物をたたみながら、はたと思い当たった。

こいつのせいか。

基本的に、というか学校に入ってこの方、

いわゆる試験勉強というものをしたことがない。

そりゃ、世の中には「神童」で、その必要がない方もいらしたろうけど

わたしの場合はそれじゃない。

小学校にあがってすぐの夏休みに転校した。

以来、授業を受けていない単元のテストがあたりまえになった。

「習ってない」は言い訳にならないので、独自にやる。

テストは、カヴァーできたかどうかの基準だったので

それのためにがんばる、ということを絶えてしない。

一夜漬けをやるための、ヤマカンがきかなかったせいもあるけどね。

あげく、アマノジャクだから試験期間には急激に勉強したくなくなる。

たいてい、本を読んでることが多かった。

そのかわり。

試験が済んだら、やったけど。

今回のプロジェクトも、前回が終わった直後に始動した。

なんにもないときのほうが、数段苦しかった。

ひとつ網をかけ。

またひとつ糸を張り。

縦横にはりめぐらせた糸は、いまぴんと張って、

あとは 糸調子をみてやればいいだけだよ。

絞るのは、最後。

それまで、わたしはできるだけ大きな網を張って、

ことばの陰影を、ながれをすくいとりたい。

栁沼さんが、毎日のように弾きかたをかえている、というように

わたしもかえている。

作ることではできない、おのずと満ちてくる汐の気配のような

待つということが、

かならずくるものへの 信頼のような。

だから。

当日まで、作業は続く。

そのときまで、やすらえない。

けど。

もうひとつ、綱渡りのように見えるかもしれない本人のなかには

ずぶとく、びくともしないものがあって。

渡り通す。

ここに、まよいがなければ、たぶん

なにも、心配することはない。

お歌だって。

一度だけ願いが叶うとしたら

BlogPet 今日のテーマ 一生のお願い
「一度だけ願いが叶うとしたら、あなたは何を願いますか?」

決まってるじゃない。

おとうさんが 目を瞑る ちょっとまえに

わたしが 逝くこと。

聞く

不思議だ、と思うことがある。

ふと 降りてきた蜘蛛の糸のように

思いもかけない 手助けを感じることがある。

あたらしく ひとと知り合うこともあれば

知己の 別な一面に触れることもある。

ただのめぐりあわせで

依怙地になっていたのかもしれない

ちいさなかさぶたを めくる。

もう いいんじゃない?と 教えてくれる。

それも

本来 そのつもりではなかったような事柄が。

そのひとの耳に届くかもしれないと思うことが

ないがしろではないにせよ

仕方がない、と先送りしていたことを

ほんとうに それでいいのか、と問い直す。

羞らい、が還ってくる。

めっきりと減ってしまった日数にせきたてられながら

ちょっぴり マジになってる自分が ある。

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