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暮れて

寝たきりの祖母が 母に

「いつまでも娘を囲い込んでおくんじゃないよ」

と言ったという。

「しばってなんかいない」

わたしにうちあけた母は

同意してもらえると思っていたのだろう。

黙っていたが、

祖母の云うとおりだと思った。

こんな暮れ方に来て

稚いままの こどもを

みるのは つらい。

逃げ遅れた ままの。

こんなに

あかるかった

時が 過ぎた後で。

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コメント

そうかも知れない。
でも、そうじゃないんだよ。
「そうじゃなかった」って、そのうち解る。

だから、今、解ってあげて。

繭のまま風と光りをしらざれば
  己を衛(まも)るひふ生(お)ひいでじ

さみだれにけぶる心のくれなゐの
   妹は愛(かな)しも地団駄ふめど

あまり愚痴の言わない母が晩年一年に一度だけ父の棚卸しをしました。その時は余り深く考えたり思ったりしなかったのですが、自分が経験すると、ああ~、母はあの時こんな気持ちだったんだと今頃気がつきます。
聞いてもらうと少し気が楽になる事ってありますものね。

はい。

だまっていては堂々巡り。
前に進みたいがために
あえて口に出すこともございます。

ふしぎと
気が霽(は)れることも
片がつくことすら

永いあいだに身につけた
じぶんをあやす

お羞かしく。

いつまでも親はいない、
一人で生きていけるようにしておけ…と
突っ放しつつ、その手は娘の服の裾を
つかんで離さない。
それでもめでたく離れた娘に、
急に親としてしてやる…とおしつける。
甘えることをゆるさなかった、
おしえなかった、と母の悔恨。
こうやって甘えればいいのかなと、
娘の困惑と、いまさら…の気恥ずかしさ。
親もまたヒトなのだと、
妙に納得しつつ大人になってきた。
親子の摩擦は、良くも悪くも
「劇的に熱く、時には皮もすりむける」。

母と娘って、長じるにしたがって
姉妹になっちゃったり双生児になっちゃったりもしますね。
相互作用ではないのが、大きな相違点ですけど。

親はいつかはおくる。
けれど、妹は。

しあわせではないんだな、と

身をよじるような
灼けつくようなものが

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